観劇:チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』

今月は、初めての劇団のお芝居を沢山観ました。

ラストは、チェルフィッチュ。

これも、とあるメルマガがきっかけで気になったのですが、すでに完売。

追加公演が発売されると知り、チケットを取りました。

 

 

 

 


とある部屋に、一組の男女(夫婦)がいる。

夫は、観客に背を向けるように椅子に座り

なぜか足を、床に着かないようぎりぎりのところで浮かせている。

舞台は2012年。

前年に、あの大震災があってから

妻は心に起こった変化を、出来事を振り返りながら夫に言い聞かせる。

「ねぇ、憶えてる?」と。

 

 

 

それまでは、アパートから赤ん坊の泣き声が聞こえてくるだけで苛立っていたのが

あの震災をきっかけに、苛立たなくなった。

地震が起きた後、アパートの住人と近くの駐車場に集まったとき

それまで挨拶も交わさなかった住人たちに対して、関心を持ち始めたこと。

 

 

 

その部屋に、一人の女性が訪ねてくる。

女性は、交通渋滞に巻き込まれ、部屋に着く時間が遅れてしまう。

携帯の充電は切れ、訪問が遅れることを連絡できない。

妻はあの日からの記憶を話し続け、夫は時々相槌を打ったり

「そうだったっけ?」と返事をするのだが。

 

 

 

実は、震災から4日後、妻は持病の喘息で死んでしまった。

部屋に残る妻の亡霊。

亡霊と会話をする夫。

部屋を訪ねて来ようとしている女性は、妻の死後、夫が恋心を抱くようになった女性であり

女性もまた、男性に対して淡い気持ちを抱いている。

 

 

 

震災によって心に湧いた様々な感情を「かき混ぜられた」と言ったり

震災によって「(他者への)無関心が死んだ」と言う台詞は

とても独特で心に残りました。

が…妻が延々と繰り返す「ねぇ、憶えてる?」に

私の心がかき混ぜられてしまい…途中から(いつ終わるかな)と感じてしまいました。

 

 

 

チェルフィッチュ_『部屋に流れる時間の旅』

 

 

 

作・演出の岡田さんが上に書いている通り

震災を経て、新しい変化を実現させるための突破口に立った妻は

心の中に湧き上がった未来への希望を言葉にして夫に聞かせるけれど

妻を失い、別の女性に好意を持ち始めた夫とは、温度差があって…

というところまでしか、感じることが出来ませんでした。

 

 

 

演出なのだろうけれど、舞台上で放たれる光や風に、集中力がそがれたし

伝えたいことを抽象的な台詞に込めて

観客自身の読み取る力に大部分を委ねているように感じた今作に対して

疲労感と後味の悪さが残りました。

 

 

 

作品から何を感じるかは観客の自由で

「おもしろい」「つまらない」「かなしい」「たのしい」など

様々な感想が湧いてきますが

楽しい作品だけが良かった訳ではなく

イキウメ『天の敵』や、ワンツーワークス『アジアン・エイリアン』のように

重いテーマを扱った作品でも、

観終わった後もずっと、そのテーマを自分の人生や生活のそばに置いて

一緒に生きていく作品もある。

 

 

 

観る時の、自分の肉体的・精神的なコンディションもあるだろうし

年齢的に、好みが変わってくることもあるだろうから

“相性” という二文字で片付けることはあまりしたくないけれど

それでもやっぱりあるんだろうなぁ、相性が。

なんてことを感じた観劇でした。

 

 

 

チェルフィッチュ_『部屋に流れる時間の旅』

 

 

 

| 観劇・美術・映画 | 23:48 | comments(0) | - | pookmark |
観劇:ワンツーワークス『アジアン・エイリアン』

今日は赤坂レッドシアターにて

ワンツーワークスの『アジアン・エイリアン』を観劇。

初めて観る劇団で

とあるメルマガがきっかけでチケットをとりました。

 

 

 

 

 

舞台には、高さが20cmほどの、木枠で作ったプール型のようなものが置かれてあり

そこには真っ黒なシートが敷かれています。

舞台下手には、ドアがあり、そこは霊安室という設定でした。

プール型より少し高いところに、鉄の柵があり

柵の向こうにもまたドアが。

 

 

 

オープニングから(これは何を表しているの?)と感じるような動きで

12人の、喪服を着た男女の俳優さん達が、

這い上がるようにして鉄柵を越えて、プールの方へやってきます。

雨期の水田を歩く時のように重い足を引き抜き引きずりながら

一歩ずつ歩を進める男女。

その中で一人の女性が、持っていた木箱から

中に水が入っているガラスの器を取り出します。

一人ずつ、喪服のポケットから布を取り出して

その布を開くと、真ん中に赤い丸が描かれた白い紙があり

その紙を、ガラスの器の中に入れていくと

紙は溶け、器の水がどんどん赤くなっていく。

 

 

 

場面は変わり、一人の男性・サカイダが

霊安室の前で、白いハンカチで口を押さえて座っている。

と、彼の会社の後輩である男性がやってくる。

サカイダは「ミサキもミチコも、嘘みたいに綺麗な顔をしてる」と言い

顔を見てくるよう促しますが

後輩は霊安室に入る前に、「“礼節”だから」と言って

喪服に着替え始めます(多分ここは、

もっと観客の笑いがとれると思っていたであろう劇団側の思惑に反して

会場には微妙な空気が流れていました)。

と、そこへ買い物かごを持った女性が現れます。

「ミサキの姉」と名乗るその女性は霊安室に入り

出てくると「あれは弟じゃない」と衝撃の発言をします。

 

 

 

もうこの出だしから(やられた!)と感じましたが

私は、ミサキもミチコも女性で、サカイダの妻と娘かな?と勝手に思っていたのだけれど

ミサキ:男、ミチコ:サカイダの姪で、二人は婚約者という設定でした。

ミチコは、サカイダの実弟の娘で、ミチコが中学生の時に死んでしまった父(実弟)に代わり

サカイダが実の娘のように育ててきたのでした。

交通事故で死んだミサキ(下の名前はヨシヒコとかクニヒコと言った役名でした)は

天涯孤独と聞いていたのに、姉と名乗る女性が出てきたことが始まりで

「あれはミサキじゃないのか?本当は、誰なんだ?」

と不審に思ったサカイダが真相を突き止めていくお話でした。

 

 

 

結論から言うと、ミサキと名乗る男性は実は在日で

ミチコと結婚したいために、日本国籍を手に入れたくて

本物のミサキ(買い物かごを持った女性の弟)から、戸籍を買ったというのが事実でした。

本物のミサキは男性に

「死んだ彼は、自分が在日だと知ったら

あなた(サカイダ)はミチコとの結婚を許してくれないだろうから

日本国籍が欲しいと言っていた」と話します。

サカイダは「そんなの関係なく、俺はミサキを認めていた」と言いますが。。。

自分が在日だと知ると「そんなの関係ないよ」と言う人は

本当の自分を見てはくれない。

違いを違いとして認めたところから理解を含めた関係が始まるんだ

というような台詞にはハッとさせられました。

 

 

 

 

 

この作品は、17年ぶりの再演だそうです。

観に行こうと思ったきっかけは「1トンの本水(※ホンミズ:本物の水)を使用」

という紹介文でした。

実は、公演後に、バックステージ・ツアー「水を使う」と題したアフターイベントがあったので

24日のチケットを取りました。

1トンという水が、どれくらいの量なのか普段の生活からは見当もつきませんが

黒いシートを敷いた木枠が、私の目測で2m×3.5〜4mほど。

そこに3cmくらい水を入れると、1トンなんだそうです!

でも実際はもう少し水を入れていたそうで、1.8トンくらいだとのことでした。

 

 

 

マイク 器の赤い水が、男性が手を入れてかき混ぜると白っぽくなったのはどうやったの?

  →漂白剤やクリーナーの類の液体をスポイトのような容器に入れ

   客席から見えないように手のひらに隠し持ち、それを器の中で出した。

マイク 劇中でびしょぬれになるけれど、洋服の替えはあるの?

  →洋服の替えは無いので、公演後に乾燥機で乾かしている。

   なので、2公演ある時は生乾きのまま着て演技しているそうですよ!

マイク 靴も?

  →靴も、洋服と同じように乾かしている。

マイク 木枠の中に、最初は透明な水が流れてきたけれど

  徐々に白っぽい水が流れてきたのは、あれは何?

  →入浴剤を溶かして作った白い水を流していた。

 

 

 

などなど。

観客からの質問に、サカイダを演じた奥村洋治さんが答える形で

イベントは進んで行きました。

(この質問タイムで「オープニングのところが、田植え作業みたいだった」

とおっしゃったお客さんが居て

私も同じことを思ったので、心の中でニヤリとしてしまった)

そうそう、排水作業は1時間くらいかかるそうで

奥村さんが話している間も、スタッフさんがポンプで水をくみ上げたり

モップやちりとりを使って水を出していました。

ちなみに、白い水は毎回捨てているとのこと。

バックステージ・ツアーでは、先ほどまで役者さんが立っていた舞台や

霊安室(そこは、流すための水を入れる500リットルのタンクが2つ置かれていました)

を覗かせてもらったりと、贅沢な時間でした。

 

 

 

オープニングで、喪服を着た男女が

水が入った器に入れる、真ん中に赤い丸が描かれた白い紙。

それは日の丸を表していて、

紙を包んでいた布が、すべて異なる鮮やかな色だったことは

その人たちの本当の国籍が多様であることを表しているのかな?と思ったり。

サカイダが白いハンカチで口を押さえ

「何か感じないか?」と臭気を訴えるシーンは

在日に対する嫌悪感の表れを意味していたり。

木枠に流れ込んできた白い水に、映像を投影する部分があったり。

ある時から、俳優さんが歩くとビチャビチャと水がはねて

霊安室の方から水が流れてきていることを知ったり。

水=人の無意識の中にある意識(この場合は、国籍で人を差別する意識かな)

という象徴であったり。

 

 

 

一度だけでは理解しきれない部分があったので

もう一度観に行きたい。

でも、DVDを買おうか…と本気で悩み中。

「重くて深かった」という薄っぺらな感想では片付けられないような作品でした。

観に行ってよかった。

 

 

 

| 観劇・美術・映画 | 21:52 | comments(0) | - | pookmark |
週末観劇:6/17-6/18

この週末は、3本のお芝居を。

 

6/17(土):パラドックス定数『九回裏、二死満塁。』

6/18(日):FUKAIPRODUCE羽衣『愛死に』

      :カムカムミニキーナ『狼狽』

 

 

 

すべて初めて観る劇団でした。

パラドックス定数は、タイミング的に

TBSドラマ『リバース』に似てる感じがしました。

 

 

 

高校時代の野球部のメンバーが、監督の納骨で集まる。

寺へ向かう前に、高校のグラウンドへ向かったメンバー。

そこで、キャプテンでもありキャッチャーでもあったミハラは

21年前に死んだ、ピッチャーのサワタリの亡霊を見る。

過去一度だけ、甲子園出場を果たした彼らだったが

サワタリは死ぬ前、それが監督の八百長によって成し遂げた出場だったことを

ミハラに打ち明ける。

サワタリの葬式の時、ミハラは監督に事の真相を確かめる。

監督は「お前、サワタリと俺、どっちを信じるんだ」とだけ言い

真実を教えてくれることのないまま時は過ぎ、この世を去った。

甲子園出場という、皆の青春の思い出を汚して死んだサワタリは

自殺だったのか?事故だったのか?

21年間、何も知らなかったショートのセンカワ。

ミハラと共に、秘密を守り続けていた四番のヤシオ。

地元にずっと残り、実家(寺)と野球しか知らないホヅミ。

監督は、なぜ八百長に手を出したのか。

結局、監督が八百長をした理由は

彼らが入部してきた時に、キャプテンが「みんなで甲子園に行きたい」

と発言した一言がきっかけだったという展開なのですが。

 

 

 

あることがきっかけで

その後何年も苦しみを抱くことになる。

現在と過去が入り乱れ、真相が解明していくストーリーは

ドラマ『リバース』や、最近観たイキウメ『天の敵』とも似ている印象があり

初めて観たこの作品だけで

劇団に対する印象や感想を決めてしまうつもりはありませんが

特段印象に残らない作品だったな、というのが正直な感想です。

 

 

 

 

 

日曜日は、FUKAIPRODUCE羽衣を。

この劇団が大好きだという友人から

事前に「好き嫌いがまっぷたつに分かれる」と言われていて

先入観なしに観よう!と意気込んで劇場に行きました。

 

 

 

『愛死に』は、7年ぶりの再演だそう。

ことばと歌、うごきで表現する作品でした。

下ネタ、と言ってしまえば分かりやすいけれど

それで片付けてしまうのは、あまりに大雑把。

夜の静まり返った劇場に現われた、6組の男女の亡霊たち。

相手への想いを、性への欲望を、赤裸々な言葉で伝えます。

これに拒否反応が出る人は居るだろうけれど

亡霊たちがもう現実では叶えられない愛に対する想いを、

素直に、まっすぐに伝えていて

生きていると、どうしても照れたり、格好つけたりして

本心から遠ざかってしまう。

私は生きているから、亡霊たちのまっすぐな欲望を

ちょっと恥ずかしいような、羨ましいような気持ちで見てた。

 

 

 

この作品を観た某有名人が

「いまのAVに欠けているものがある」と発言したそうで

それはきっと、叙情的ということなんだろうな、と思った。

そして、とても繊細に、緻密に出来ている作品だった。

基礎がしっかりしていると、動きと言葉にギャップが生まれて

生み出される笑いはより大きくなるのだな、と思ったり。

 

 

 

 

 

カムカムミニキーナ。

左前の人はずっと寝てるし、右隣の人はよく笑う(あ、右隣の人もちょっと寝てた)。

人の好みは多種多様で面白いな〜、と思いながら観てました。

私個人の感想ですが、作品としては冗長な印象を受けました。

「その歌、いる?」「その台詞、いる?」「その役、必要?」

と感じることが多く

話の枝葉があちこちに飛ぶので、集中力を削がれてしまう。

あれが劇団の作風ならば、よく笑っていた観客はファンなのだろうし

あのダラダラした(と私には感じられた)やり方が好みなのだろうなぁ。

もっとピリッと、ミステリーの要素で締めてくれたら

また違った感想をもったかも知れないけれど…。

姜暢雄さんが出演されていたことが、唯一の救いでした。

 

 

 

 

 

友人からは「一日に2本も観るの?!」と言われましたが

日曜日は同じ劇場(池袋の東京芸術劇場)だったし

チケットをとるのは土日、と限られている中で

公演スケジュールが近いと、仕方なかったりします。

実は来月も2回、一日に2本観劇します。

 

 

 

| 観劇・美術・映画 | 22:49 | comments(0) | - | pookmark |
歌舞伎って、おもしろい!(歌舞伎鑑賞教室:『毛抜』)

本日は国立劇場で歌舞伎鑑賞。

『第91回歌舞伎鑑賞教室』と題した

 

歌舞伎 解説 歌舞伎のみかた

歌舞伎 歌舞伎十八番の内 毛抜 一幕

 

でした。

まずは「歌舞伎のみかた」として

中村隼人さんが、歌舞伎にまつわるあれこれを30分ほど説明。

 

えんぴつ 定式幕(黒、萌黄、柿色 (※歌舞伎揚げの色です)

えんぴつ 舞台の上手(かみて)、下手(しもて)とは

えんぴつ 柝(き)について (※舞台上手で、拍子木で床を打つこと)

えんぴつ 女形を演じるときのコツについて

えんぴつ 毛振り(けぶり) (※長い髪の毛のかつらを振り回す・実演つき!)

えんぴつ 黒子の説明から、歌舞伎では演技を補助する「黒いものを見えてないことにする」

えんぴつ 花道について

 

など。

毛振りですが、あの毛髪の重さって4〜5kgあるんですって!

色は赤、黒、白があり

白いものは、チベットに生息する牛科のヤクという動物の毛を使って

作っていたらしいのですが

絶滅危惧種に指定されたため

現在は新たに作ることができないので

過去に作られた、今あるものを大事に使っていることが

説明されました。

実演の後、息を切らしながら説明する中村隼人さん。

歌舞伎では毛振りの後、台詞を言うことは無いそうなので(笑)

大変だったと思います。

それと、この解説中に、写真を撮ってもいいコーナーがあります。

2分ほどなのですが、これを撮ってSNSで拡散してほしいとのこと。

ハッシュタグは「#歌舞伎みたよ」です。

 

 

 

解説のあと、20分の休憩をはさんで

『毛抜(けぬき)』の上演がありました。

今回、入場時に薄いプログラムが配られており

あらすじ、みどころ、出演者が書かれていたので

休憩中に読んで予習(※あらすじは→ )。

 

 

 

今回の演目についてのメルマガが来たとき

最初はスルーしていたのですが

中村隼人さんが出ること、初心者向きの演目であることの説明に加えて

webで残り席を見ていたら、花道のすぐ近くが空いていて

値段も¥3,900だったので思い切ってポチッと。

お正月や、8月の納涼歌舞伎に比べたらとてもお手頃!

イヤホンガイドも、通常は¥700の場合が多いのですが

今回は¥450でした。

 

 

 

席は花道の近くだったので

演者さんが通る時の距離の近さに感動。

そして、迫力に圧倒されました。

いつか観たいと思っていた

鳥屋(とや)と揚幕(あげまく)もしっかり見えて大満足。

(↑花道のつきあたりにある小屋と、その入口にある幕)

 

 

 

わかりやすい言葉が割りと多かったような気がします。

弾正が秀太郎や巻絹に言い寄ってフラれるところなどは

イヤホンガイドがなくても面白く観ることが出来ます。

 

 

 

歌舞伎というと敷居が高いと感じてしまう方も多いかと思いますが

こうやって、値段の安いものを観たりして

わかりやすさ・面白さを感じると

「また観に行こう!」と思えるかも。

私も、お芝居を観に行ったり落語を聴くことはあるけれど

歌舞伎、能、狂言には全く興味がなかったので

まさか、こうやって自分でチケットを取るようになるとは

思ってもいませんでした。

 

 

 

作中、粂寺弾正に、腰元の巻絹がお茶を出すシーンがあるのですが

イヤホンガイドで

「これは上林(かんばやし)の初昔(はつむかし)というお茶。

今でも飲むことが出来ます」

と言っていたので、帰り道にググり

上林ではありませんが、一保堂で買いました。

 

 

 

初昔

お茶請けは、虎屋の羊羹

コロンビア産コーヒーで期間限定と書かれていたので購入

おもかげ(黒砂糖の羊羹)のパッケージは夏仕様になっていました

 

 

 

| 観劇・美術・映画 | 18:50 | comments(0) | - | pookmark |
観劇:イキウメ『天の敵』

本日は、東京芸術劇場にて

イキウメ『天の敵』を観劇。

イキウメは、とある方の演劇レビューを読んで

気になっていた劇団です。

 

 

 

この作品は2010年初演の短篇

『図書館的人生 Vol.3 食べもの連鎖〜“食”についての短篇集〜』

を長編化したものだそうです。

 

 

 

 

【キャスト】

橋本 和夫(菜食の料理家)     ・・・ 浜田 信也

寺泊 満(ジャーナリスト)     ・・・ 安井 順平

五味沢 恵(橋本の助手)      ・・・ 小野 ゆり子

寺泊 優子(寺泊の妻)       ・・・ 太田 緑 ロランス

糸魚川 典明(医師。卯太郎の先輩) ・・・ 有川 マコト

糸魚川 弘明(医師。糸魚川の孫)  ・・・ 盛 隆二

糸魚川 佐和子(医師。弘明の妻)  ・・・ 村岡 希美

玉田 欣司(ヤクザ。卯太郎の友人) ・・・ 大窪 人衛

時枝 悟(食の求道者)       ・・・ 森下 創

長谷川 卯太郎(失踪した医師)   ・・・ 松澤 傑

 

 

 

【あらすじ】

ジャーナリストの寺泊は、菜食の人気料理家・橋本和夫に取材を申し込む。

きっかけは、妻の優子だった。

寺泊は難病(ALS)を抱えていることが三ヶ月前に判り

一ヶ月前から橋本の料理教室に通い出した優子は寺泊の為に

橋本が提唱する食餌療法を学んでいた。

当の寺泊は、ラーメンと缶コーヒーを愛する

健康志向とは真逆の人間だが

薬害や健康食品詐欺、疑似科学や偽医療の取材経験も多く興味があった。

優子がのめり込む橋本を調べていくうちに

戦前に食餌療法を低報していた、長谷川卯太郎という医師を知る。

寺泊は、この長谷川と橋本の容姿がよく似ていたことに興味を持ち

ある仮説を立てて取材に臨んだ。

寺泊は、プロフィールに謎の多い橋本は長谷川卯太郎の孫で

菜食のルーツはそこにあると考えたが、

橋本はそれを聞いて否定した。

実は橋本は偽名で、自分は長谷川卯太郎本人だと言う。

本当なら、橋本は122歳になる。

(チラシより)

 

 

 

卯太郎は、戦中に逃げ回っている時、山の中で

食の求道者である、時枝という男に出会い、食べ物を恵んでもらう。

時枝は自分の体を実験台として【単一食】を行っており

栄養摂取によって人々を飢餓や病気から救いたいと考え

【完全食】を求めて独自に研究をしていた。

戦後、帰還した卯太郎は医師となり、時枝との繋がりは途絶えたが

単一食の実験を行っていたために栄養失調となって運ばれてきた時枝と偶然再会する。

そこから、卯太郎は自身の体を使って単一食の研究を始めることにし

なんと、飲血による実験を始めてしまう。

 

 

 

この時すでに50歳を超えていた卯太郎だったが

飲血を始めて数ヶ月経つと、

肌ツヤがよくなり、体力は若いときの様に向上し

周りから怪しまれるほどの若返りを果たす。

普通の生活が困難になり出した卯太郎は、

医師仲間の糸魚川典明にすべてを打ち明ける。

典明は卯太郎の飲血を世間に公表しない代わりに

飲むための血を調達し、体の実験データを取ることにする。

 

 

 

卯太郎には妻が居たが、

夫は若返ったのに自分だけ年老いていくことに耐えられず

彼女も飲血を始めてしまう。

夫婦は【飲血単一食】で、一切食物を口にしない生活をするが

そのためか、子供が出来ず

実際は高齢だが、若い肉体を持て余した妻は夜遊びをし始め、

出会った男に勧められて酒を口にしてしまう。

血液以外のものを口にしたことがきっかけとなり

妻は食べ物を欲するようになるが

「どんなことになるか分からないから、我慢するように」と

卯太郎は説得しようとする。

が、妻は我慢できず、ついに食事をしてしまい、命を落とす。

若返っていた卯太郎は、妻の葬儀に出ることは出来なかった。

 

 

 

やがて、唯一の理解者であった典明も高齢のために他界し

血を求めて、卯太郎は売血してくれる人を探す。

と、「島を荒らした」としてヤクザに目を付けられるが

血を飲む卯太郎を「ヘンな奴」と驚きつつも

仲間として温かく(?)迎えてくれるのだった。

そこで、若い子分の玉田欣司と友達になるが

(実際は60歳くらい年下の友達)

玉田は、ヤクザのいざこざに巻き込まれて死んでしまう。

自分だけが生きて、周りの人が居なくなっていく生活。

 

 

 

その後、典明の孫である弘明の援助により

血を調達してもらっていた卯太郎。

ある日、偶然飲んだ血がとてもおいしい事が気になり

提供者のデータを盗み見てしまう。

それは、菜食主義者の五味沢 恵という若い女性だった。

どうしても恵の血液が欲しかった卯太郎は

「ベジタリアンの友人が、輸血が必要だが

ベジタリアンの人からしか輸血が出来ないので協力してくれないか」

と嘘をついて、恵の血液を手に入れる。

菜食主義の料理研究で有名になりたい恵は

卯太郎の知識や経験を提供してもらうことを条件に

飲血を黙っていると約束し

この事がきっかけで、二人は付き合うようになる。

 

 

 

飲血を始めてから

太陽の光を浴びることが出来なくなってしまった卯太郎だが

恵の血液を飲み出してからしばらくして

太陽光に対する免疫が出来ていることを偶然知る。

これは、野菜が日光を浴びて生長するから

野菜のみを食べているベジタリアンの血液に含まれる

太陽に対する免疫力の影響だと考えた。

今までカーテンを閉め切り暗い中で生活してきた卯太郎は

やっと、人並みの暮らしを送れるようになったと感じたのだった。

そして、恵の身体的負担を減らすために

菜食の料理教室をひらき、ベジタリアンの生徒から

血液を提供してもらうようになる。

 

 

 

実験データ提供のため定期的に訪れていた弘明の病院へ行かなくなって半年。

久しぶりに弘明と佐和子が卯太郎の家へやって来ると

二人は若返っていた。

飲血を始めていたのだった。

信頼できる自分の部下に、飲血を打ち明けたという弘明に対し

「そんな事をしたら、いずれ多くの人が飲血を始めてしまう」と

激昂する卯太郎。

弘明夫妻は太陽光への免疫力がないため

それを利用して夫妻の命を奪って、飲血を終わりにしようとする卯太郎。

「終わったら、鰻を食べるつもりだ。

半世紀以上食べて無いから、どんな味だったか忘れてしまったが…」

と話す卯太郎。

 

 

 

これが今までの自分の経歴だと言う橋本(卯太郎)に

ジャーナリストの満は

「この話、どこまでが本当なんですか?」と尋ね

橋本(卯太郎)は部屋から出て行ってしまう。

と、そこに満の妻・優子が戻ってきて

「子供を迎えに行こう」と声を掛ける。

帰り支度をしようとして、ソファに座り込み

何かを考えているような満を優子が満を抱きしめ

「大丈夫、大丈夫」と声を掛けたところで、終幕。

 

 

 

【感 想】

舞台には、ガラス瓶に入った漢方や調味料などが

棚にびっしりと並べてあって

最初、暗い中でなんだかよく分からなかったのですが

そこは橋本(卯太郎)のアトリエキッチンであることが説明されます。

「3秒クッキング」と題した料理コーナーのテレビ収録を終えた

橋本(卯太郎)のアトリエに満がやってきて取材が開始され

独白のようなスタイルで物語が進むのですが

長方形のテーブルの対角線上に座った橋本(卯太郎)と満の間に

時枝と、若き日の卯太郎が入り込むような形で

過去を再現する見せ方が面白いと感じました。

 

 

 

自分だけが年をとらず

周りから人が居なくなっていく。

怪しまれないように、人と密な関係を築くことを避けて

生きてきた卯太郎。

 

 

 

ラスト、優子が満を抱きしめて「大丈夫、大丈夫」

と言うのですが

この時の優子の表情がよく見えず

双眼鏡を持っていかなかったことを後悔(声はうつろな感じでした)。

おそらく優子は橋本(卯太郎)へ血液を提供していて

満が若返りできれば病気も治り

家族で生活が続けられることに希望を抱いて

満を橋本(卯太郎)に会わせたのだろうと思います。

 

 

 

この台詞の後、なぜか涙が出そうになり

その理由を帰りの電車で考えたのですが

倫理的に考えれば当然、飲血などするべきではないけれど

幼い子供から父親を奪う難病に打ち克って家族で幸せに暮らしたい。

そんな当たり前の感情と、失くしそうな道徳心と

わずかに残っている理性とのはざ間で揺れる人間の心の

なんと愚かで弱いことか。

自分だったら…と考えてしまい、心が重くなりました。

 

 

 

この作品を振り返りながら、クローン羊のことを思い出しました。

話題になりましたよね。

神への冒涜、だとか、人間が生命を創ることへの畏怖。

題名の「天の敵」とは、まさにこういう事ではないのでしょうか。

抗うことで生まれるものもあるけれど

受け入れるしかないもの、抗ってはいけないものの、存在。

恥ずかしくない人生を生きようとすること。

人間として忘れてはいけないものをうまく言葉で表せない時に

「天罰」だとか「お天道様が見ている」と言った言葉が使われるのは

そのためではないのでしょうか。

(そしてお芝居を観ながら

現在放送中のドラマ「フランケンシュタインの恋」や

「リバース」が思い浮かびました)

 

 

 

話としては、とても重いテーマを含んだものでしたが

ところどころに笑いもあり

俳優さん達が素晴らしく

(寺泊を演じた安井順平さんを、なぜか八嶋智人さんのように感じ

優子を演じた太田緑さんを、なぜか板谷由夏さんのように感じました。

声や雰囲気が、似ている気がしました)

観て良かった。

もう一度観たいと思って調べたけれど、チケットは完売。

つくづく(観劇とは “賭け” だなぁ)と思ったのでした。

 

 

 

| 観劇・美術・映画 | 22:02 | comments(0) | - | pookmark |

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